容赦とは?/ マイワン
[ 201] ITmedia +D PC USER:外交官ナンバーだって容赦しないぜ――アキバの駐禁事情 (1/2)
[引用サイト] http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0609/21/news113.html
|
9月21日より恒例の「秋の全国交通安全運動」が始まった。秋葉原では再開発の影響から駐車監視員をよく見かけるようになったが、そこでは信じられない光景が――。 毎年恒例の交通安全運動が全国でいっせいに始まった。このところ飲酒運転がニュースで取り上げられることが多いが、今年は「高齢者の交通事故防止」が運動の基本となっているらしい。 秋葉原の駐禁事情を見ると、二輪ドライバーを恐怖に陥れたのが今年6月から施行された「改正道路交通法」だ。従来バイクやスクーターは駐禁が取られにくく、アキバでは配送のトラックとバイクの駐車は日常茶飯事だった。ところが道路交通法の改正により、駐車違反取り締まりを民間に委託する「駐車監視員活動」が認められ、バイクも取り締まりを受ける機会が非常に増えた。 赤い線が最重点路線、黄色い線が重点路線、水色のエリアが最重点地域、薄い緑は重点地域だ。秋葉原近辺は違法駐車取り締まりの重点地区だらけなのが分かる(万世橋警察署 駐車監視員活動ガイドライン) また、とくに駐禁が取られやすい重点路線が定められ、ガイドライン(万世橋警察署 駐車監視員活動ガイドライン/PDFファイル)を見るとアキバのメインストリートである中央通りは、違法駐車取り締まり最重要路線、かつJR秋葉原駅周辺は同最重要地域とダブルリーチの状態になっている(さらに外神田1丁目一帯は自動二輪の重点地域にも指定されている)。中央通りを歩いていると緑色の制服に身を固めた2人組をよく見かけるが、これが駐車監視員だ。おつかれさまです。 駐車監視員は、違法駐車を見つけるとデジカメによる証拠写真を撮り、ステッカーを貼る。運転者が自主的に違反を認め反則金を支払わない場合でも、ナンバープレートの撮影により「逃げ得」をなくしたわけだ(仮に拒否すると車検が受けられなくなる)。また、アキバの駐車監視員はこれらの作業を5分程度で完了すると言われており、練度が高いことでも有名。実際これによって中央通りからバイクの駐車はかなり減った。 さて、筆者が秋葉原での用事をすませて中央通りを銀座方向に進んでいると、例によって駐禁ステッカーの貼られたスクーターを見かけた。ホンダのジャイロキャノピーだ。見慣れた光景なのだが、なんか違う。 通常、駐禁ステッカーは黄色いものが1枚だけ貼られる。バイクの場合は右アクセルかシートに貼られるケースが多いが、この3輪のジャイロキャノピーはフロントスクリーンに貼られていた。しかも黄色い紙だけでなく、青と白の紙もおまけについている。そこには駐車違反がどのようなものであるかを説明する文章が書かれてあったのだが、なぜか英語。 よくよく見るとナンバープレートが青い。ジャイロキャノピーを含むホンダスリーター(前輪×1、後輪×2の3輪スクーター)は、一時期、後輪のトレッドを500ミリ以上に改造してミニカー扱いの水色ナンバーにするのが流行った。ミニカー扱いにすると税金がちょっと上がり、運転に第一種普通自動車運転免許証(いわゆる普通免許)が必要になる代わりに、50cc以下の原付に課される30キロ速度制限や二段階右折制限がなくなるのだ(申請次第ではヘルメットも不要)。でもこのスクーターはトレッドが改造された様子もないし、そもそもナンバーは水色ではなく青。青地に白抜きで“外”の文字……おいちょっとまて、これ外交官ナンバーか!? |
[ 202] 子供にワーキングプアを容赦なく裁かせる授業 - 分裂勘違い君劇場
[引用サイト] http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060726/1153880075
|
ワーキングプアの人、カフェの店主、サラリーマンなどの、リアルな普通の人々の人生における様々な目論見、状況変化、対処を、シビアに分析して徹底討論する授業をするわけだ。 そもそも、ホームレスやワーキングプアの人たちへの救済策がなかなか進まないのは、人々の無知と偏見に起因するところがある。 しかし、「怠けてるからワーキングプアになったんじゃないの?」ということを言う人に対して、「偏見だ」「神経を疑う」「強者の屁理屈だ」と、人格非難によって、疑問そのものを封じ込めたところで、偏見はなくならない*1。 一方で、「ワーキングプアは構造問題だ」というテレビ番組の主張に対する「本人はやることやったの?」という疑問に対して、「それは構造問題なんだから、本人の責任を問うのは云々」というような頭の悪い水掛け論をしても、やはり偏見はなくならない。 もし、ワーキングプアへの偏見を本気で取り除きたいなら、現実の具体的なケースを、一切のタブーなしに、徹底的に討論することが、もっとも効果的ではないだろうか。 そうすれば、ワーキングプアの人が本当にバカでマヌケで怠け者だったために、ワーキングプアになってしまったことがバレてしまうが、同時に、それが仕方がなかった部分も明らかになる。 そして、同時に、世の中で、勝ち組と言われている人たちも、バカでマヌケで怠惰で、そのうえ卑怯なことをしているのも明らかになる。 これらにより、単に「無策や怠惰だから全て自己責任なのだ」という単純な議論などできないことが理解されるだろう。 さらに言うと、同じ勝ち組の中でも、やるべきことをやって勝ち組になった人と、単に時代の流れで運良く勝ち組になった人もいるし、同じ負け組でも、やるべきことをやってそうなった人と、やるべきことをやらなかったからそうなってしまった人がいることを知るだろう。 ワーキングプアの人にも、いろいろな人がおり、それらを一緒くたにしにして論じることの愚かさが理解されるだろう。 そして、いざ、それらのケーススタディーと照らし合わせながら、自分の人生のシミュレーションをさせ、それを発表させて、その現実性を容赦なく討論させれば、単に普通に生きていくだけのことが、どれだけ大変なことかを思い知るだろう。 この人生のケーススタディー授業は、全授業時間の20%をこの授業に割り当てるぐらいの勢いでやるイメージだ。 実際の現場の社会人を、講師として迎えて、講演させたりもする。場合によっては、講師と討論させる。 そのとき、その人は的確な判断できる体調・状況にあったのか?最悪の体調でも、少ない時間でも出来た判断なのか、そうじゃないのか? そもそも、それを誤った選択肢と考えていいのだろうか?価値観の問題に過ぎないのではないか?あるいは、単に結果的に運が悪かっただけではないのか? そして、行き詰まった状況に陥るのはなぜなのか?どこまでがその人個人の責任で、どこからが周囲の人の責任で、どこからが自治体や政府の責任なのか? 救済する社会システムを作るとして、どのようなシステムは作るべきで、どのようなシステムは作ってはいけないのか? そのような成功によってもたらされた収入のうち、どのぐらいの割合を社会に還元させるべきなのか?それはなぜなのか?その正当性はどこにあって、どこにないのか? そもそも、どのような人が報われる社会にすべきなのか?逆に言えば、どのような人は、報われなくても自業自得とするのか? 日本をそのような社会にしたとして、日本は国際社会の中で生き残っていけるのか?国のリソースをどこまで福祉に割り当てたとしても、国際競争力を維持できるのか?そもそも、国際競争力など、維持しなくてもいいのではないか? そしてさんざん他人の人生を裁かせた後に、「じゃあ、次はおまえの人生シナリオを描いて見せろよ。」という。 そんなけでかい口を叩いたんだから、よほど考えぬかれたご立派なシナリオが書けるんだろうな、というわけだ。 自分は、どのような人生を歩みたいと思っているのか?そのビジョンやシナリオは、各事例と照らし合わせて、どこまで実現性があると言えるのか?その根拠はなにか?その根拠の妥当性はどのくらいあるのか? そして、そのシナリオが行き詰まった時に、どのような対策を用意しておくのか?その対策は、なぜそれで十分だと言えるのか? 十分な対策を施さないという戦略を敢えてとるとして、そのリスクを犯すことと引き替えに、具体的に何を得られるのか?それは、そのリスクに見合ったリターンなのか? 将来、自分が自由な選択をでき、自由に生きることが出来るようにするには、今、どのような勉強をし、どのような知識とスキルを身につけておくべきなのか? 結局、容赦なく他人と自分の人生を直視し、容赦なく他人と自分の人生を裁くことを徹底的にやらせれば、無知や偏見というものは、かなり解消されてしまうものではないだろうか。 *1:が、非難する人は、そんなことは、気にならない。なぜなら、こういう「偏見だ」「神経を疑う」と他人を非難する人間の真の目的は、自分が正しく良い人間であることを周囲の人間に認めさせ、かつ、正義の名の下に、どうどうと他人を踏みつけにして、自分が優位に立っている快感を味わうことだからだ 「真実性を求めて分析・洞察した結果、みなが幸せになれる、政治的に正しい結論になりました」というパターンのブログ記事 ここは極論を楽しむ劇場です。プロフィールページをよく読んで、真に受けたり鵜呑みしたりしないように気をつけてご鑑賞ください。 |
[ 203] Amazon.co.jp: 容赦なく〈上〉 (新潮文庫): トム クランシー, Tom Clancy, 村上 博基: 本
[引用サイト] http://www.amazon.co.jp/aR1eμ|a?aa??a�?a,?a�?-a?°a?Ra??ao≪-a??a??-a? ̄a?ca?3a?・a??/dp/4102472037
|
元米海軍特殊部隊員ジョン・ケリーは身籠っていた妻を一瞬の事故で奪われ、魂の脱け殻と化していた。虚ろな日々を漂うケリーだったが、偶然助けたパムという哀れな娘を介抱する過程で、自らも癒され、復活を体験する。そして、パムを辱め続けていた麻薬組織への復讐を誓い、組織構成員を容赦なく“始末”し始めるのだが…。クランシーの新時代を告げる孤高のヒーロー、登場。 アクションものなどと安っぽい言葉でカテゴライズしてほしくない、ライアンシリーズでクラークの名で生きる男の過去の物語。苦しい、悲しい作品だ。男として、この作品に心を打たれぬものはいないだろう。法が護れなかった、法によって復讐できぬ者は誰が思いを遂げてやるのか?(しかしケリーが文中で『いや死者はそんなことはもう気にしない』と答えることがまた苦しさを感じさせる)孤独に、苦しみながら自分の義務に生きる男、ジョン テレンス ケリー。クランシーの作品全てに言えることだが、出演者全てが異様なまでにきちんと書き込まれていて非常に豊かに思いを感情移入できる。男なら本当にそう思う。ケリーを追う刑事がライアンの父であり、大学生になるライアンが出てきたりしてファンにはたまらない絶妙の設定だが、決して無理やりという感じではなくてクランシーシリーズを読むものには実に感心するするとしかいえないほどの自然なつながりになっている。若き日のリッターも、グリーアもペインターまで!実に巧みに出てくるぞ(^^)v 新潮文庫になってからの誤訳(センスのなさ)は多方面で指摘されているとおりであるが今回もかなりひどいことになっている。タイトルは表紙も合わせてケリーがまるで残虐な通り魔か何かではないか!(笑)原題は『Without Remorse』であり、読んでみた者はケリーのRemorseなどしないという気持ちがわかるであろう。楽しんでやったわけでない。警察に追われ、ケリーという名を捨て、すべてを失ってでもせねばならなくなった、人を殺めるという最も罪深いことをやらねばならない、それでも言い訳も、他人に理解されることを求めることも、そしてRemorseもせずなのである。こんな名作をを読ませてくれて、ありがとうクランシー。 ベトナム戦争は物心づく以前の出来事であるが、これについては我々日本人もよく知っておくべきだ、と読者に思わしめる、という意味において非常な名著であると思います。 戦争が作り出す狂気の一例を描いた181項以下は、文字通り読むに堪えません。「人間は米国人であろうと外国人であろうと、全部収奪の対象だ。何かを売りつけてやれ、何なら騙してやれ、がっぽりピンハネしてやれ・・・。」 麻薬組織人やその他一部の米国人の言動はこう聞こえます。Clancyの想いが集約された640項「How typical・・・」の中の「detente」とは、この「収奪」を少し控えようではないか、という意味なのでしょう。 英語は語彙・構文とも極めて標準的で、一部の医学・軍事・船舶用語の他は読み易く、読者層の幅広さが窺えます。ただし平和に恵まれた日本人読者にとって、この破壊と復讐のみが描かれた750項を読み通す心労は、並大抵のことではないでしょう。 今や伝説となっているClarkというエージェントの若き頃の話です。単なるアクションものではなく、殺人マシーンのようにしか思えないClarkに、このように実に人間的な過去があったのだと知り、感動を覚えました。筋を言ってしまうと面白くないので書きませんが、最後はどうなるのだろうという緊張の糸を張りつめたまま、どんどん展開していくストーリに、私はTom Clancyの最高傑作というレッテルを貼りたいと思います。 ライアン・シリーズで活躍するクラークのデビュー作。若くして不運に見舞われたケリーは、くじけることなく、むしろ復讐の鬼となって悪の根源を断つ決意を固める。法律は守... クランシーが育ててきたヒーローライアンが大統領になってしまい、今度は別口のヒーローの登場である。今回はタフな元海兵隊シールのメンバーの過去が描かれる。続きを読む ※ 「この商品について語る」では、「この商品について語る」ガイドライン等に基づき、評価の高低等にかかわらず、お客様の自由な投稿を掲載しています。商品のご購入の際はお客様自身でご判断下さい。 製品詳細ページやサーチ結果を表示した後、興味のあるページに戻る簡単な方法についてはここを参照してください。右の列には、ショッピングセッションのお役立ち情報が表示されます。 |
マイワンのサイトです。