レイクのサイトです。
ヘルシー ボランティア 申し訳 ローン リハーサル 集い メイン スタッフ いただける 富士急行 子供 オリジナル アコム 店頭 配信 共同 レンタル 舌鼓 詳しく 素材 申込み 来館 いただけ 不可 番地 見え ゆっくりと おすすめ マガジン 主催

司会とは?/ レイク

[ 105] 司会のウラワザ
[引用サイト]  http://qqbh8529.exblog.jp/

その人のしゃべり方や間の取り方やジョークまでも、まねてまねてまね抜くのです。その上で自分らしさを加えていきます。こうすれば比較的短期間で、ある程度の技術レベルまで司会術は上達する事でしょう。
それは手本となる人の<生き様や志(こころざし)>を学ぶことです。これもまた、まねてまねてまね抜きます。そして人間力を高めるのです。
通常歌舞伎俳優は、舞台から花道を通って揚幕(あげまく)の中に入るのですが、多くの俳優は、揚幕(あげまく)に入ると同時に舞踏をやめます。
ところが六代目菊五郎は、揚幕(あげまく)に入っても、誰も見ていないのに突き当りまで踊ったといわれます。
『お金を払って見てくださるだけがお客様ではない。私は、私の芸を観音様に奉納するのであるから、見る人の多い少ないは問題ではない』と言い、観客の数によって力の加減をする俳優達を強く戒めました。
マイナスの事ばかり考えますと、血液が濁り、抵抗力や自然治癒力も落ち、心も身体も不健康になるそうです。
ならばできるだけ<プラス用語>を使うようにすればいいわけですが、私も含め多くの人達は、マイナス用語を使う習慣やくせを持っているようです。
以前、メールマガジン『心の栄養さぱりメント』に掲載して頂いた記事を、ちょっと長いのですがそのまま転載させて頂きます。波長が合いましたら一度ぜひお試し下さいませ。
もしかしたら、いやな事を考えたりする時間の合計よりも、幸せを感じる時間の合計の方が多くなった時、本当の幸せを実感できるのではないでしょうか?
・ノートができましたら、おまじないをします。ノートをそっと抱きしめて「このノートのお陰でしあわせになりました。ありがとうございます」とつぶやきます。
・記入時間ははじめは5分以内を目安にすると良いでしょう。(やる気がしない時でも、5分だけだからと自分を鼓舞することができ、継続しやすくなるからです。)
最近どうも元気が出ない/やる気がしない/何かつまらない/あまり幸せを感じられない/どうも気分がスッキリしない・・・
いくつかのミスを重ねる新人司会者が、キャプテンに冷たくされ悩んでいる・・その悩みに対し、キャプテンは変わらない、キャプテンを信頼し笑顔で接し続けるしかない・・といった内容です。詳しくはこちらへ(かなり長いので、アドレス部分はスキップして頂いて結構です)
・同じ様な悩みを持つ一人です。ブログを読んで、今までついつい後ろ向きに物事を考えてきたことに気付きました。
Aさん、どうぞこれからも、何かあっても<これはこれ、それはそれ、あれはあれ>とすっきり割り切って、何事もなかったの如く、キャプテンを信頼し、お礼と笑顔を忘れずに、明るく素直にそして丁寧に、キャプテンと接し続けてみて下さい。その姿勢を継続してみて下さい。
なぜなら、Aさんのキャプテンに対する行動を通して、何よりもAさん自身が本当の意味で<成長>するからです。
<お礼と笑顔を忘れずに明るく接し続けること>この行為自体が、成長という大きな価値を生み出すからです。
その先には、Aさんの体験が転じて、今度はそういうことで悩む新人達をサポートする立場が待っているのです。
結婚披露宴・・大変おめでたい慶事ではありますが、出席者のすべての方々が手放しで喜んでいるわけではありません。そのことをぜひとも頭の片隅に置いておいて欲しいのです。
嬉しいけど寂しい・・複雑な面持ちの新婦お父様。そのお父様に対し、誰も彼もが高いキーの声での、おめでとうございます攻めは、少々辛いものがあることでしょう。
嬉しいけれど心配で・・わが子を遠く離れたところへお嫁に出す母親の心境もまた、これまた複雑なものがあると思います。
司会者として、そういったこともあるのかもしれないと頭の隅に留め置きながら、『本日はおめでとうございます』と明るく心から言いたいものです。
宗教上の違いをはじめ、気が合う気が合わない・・等の細かなことまで、本当に多種多様・・少々の問題や摩擦があるのがほとんどです。
それでも・・それでもそんな様々な問題を抱えながらも、御両家ご両親様は、一常識人として精一杯の笑顔のおもてなしをしているのです。
そういう環境の中で、そういう人達の前で司会をさせて頂いているのだと考えれば、司会に臨む心構えが少しは変わって来るのではないでしょうか?
だからこそ司会者は集中して全精力を傾けて取り組みます。新人司会の方がたはそれに輪をかけて、緊張感やプレッシャーとも戦いながら頑張っているのです。
私は年齢的にも年上になりますので、そういう事はまずありませんが、若い頃はちょくちょくありました。そんな事は過去の産物と思っていたら、全く違って依然として、今でも辛らつな言葉を平気で言うキャプテンがいるようです。
全く寂しい事です。司会者である彼ら彼女達の意見をまとめると、キャプテンの対応の多くはおよそ以下の通りです。
今は昔・・、東京のとあるホテル。私は中堅どころのプロ司会者10年のキャリア。どうしてもそりの合わないキャプテンがおりました。
ちょっと不安で確認したいことがあっても、このキャプテンには聞きにくい、確認しづらいという<壁>がいつもありました。
確認したいことはキャプテンでなくても分かることは他の人(サブキャプテン、介添え、プランナー、配膳ウェイターのリーダー等)に聞きました。
毅然とした態度ながら、「忙しいところスミマセン、一つだけ教えて欲しいんですが・・」といった感じで柔らかく聞きました。
『いちいち聞かないでよ』と言われたら、ムッとしても我慢して、「そうですよね、いつもスミマセンね、小心者なもので・・でも助かります。有り難うございました」と必ずお礼を言い笑顔を添えて、雰囲気が重くならないようにさらりとその場を去っていきます。
努めて何事もなかったの如く、キャプテンを尊重するが如く、とにかくいつもいつも穏やかに明るく接していきました。意識的に前向きにとにかく一生懸命にやりました。
まぁそんな具合で、<タイム イズ ドクター>ではありませんが、時間の経過と共にそのキャプテンとも良好な関係を最終的には築く事ができました。
しかし確認したいことも確認できないような人間関係(司会者とキャプテンの関係)は、クレームの要因になり、質の低い仕事に繋がります。
お断りしておきますが、上記のような、こういった幼児性が抜け切れない鼻息の荒いキャプテンは、ほんの一握りです。多くは人間性豊かで包容力のある素晴らしいキャプテンばかりのはずですので、誤解がありませんように。
さて、辛い時、悩んだ時に今でも私を支えてくれるいくつかの言葉を<松原泰道 人生を豊かに生きる12章>のなかからご紹介させて下さい。
<何もかも、答えを得ようと思うから行き詰まりを感じてしまう。答えがないということが答えだという、もう一つ次元の異なる、レベルの高いところへ思索を持っていくことができるよう訓練するのです。>
<あなただけでなく皆悩む。乗り越えられない課題はない。イジメという縁を生かし、それを共通分母とすれば、自らの体験が転じて、こんどは他者を助ける事になる。>転載ここまで
私の経験上、悩みから逃げると、いつまでも同じような悩みが追いかけてくるようです。その悩みを乗り越えるまで、同じような悩みが押し寄せてきます。
ひとたびその悩みを乗り越えますと、今度はさらにレベルの高い悩みが訪れます。そうして悩みを解決するごとに人は成長するように感じております。まさに人生は<問題解決は問題を生む>構造になっており、だからこそ成長が約束されるのではないでしょうか?悩みを、成長のエネルギーに転化していく・・そんな気概を持ちたいものです。
同じコメントを何回も繰り返すある司会者の司会振りに疑問を持ち、私だったら、あなただったらどうするか・・を一緒に考えましょうというコーナーです。
友人達がデコレーションした、言ってみれば<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>、いよいよそのケーキに新郎新婦お二人がナイフを入れるシーンです。
新郎新婦からの依頼は、<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>をしっかり強調しながら、ケーキ入刀のセレモニーの進行をしてほしい・・ということでした。
A司会者は、たびたび<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>を繰り返しコメントをし、強調しました。
たまたまウェイターをやりながら聞いていた私には、あまりに何回も同じように繰り返される<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>のコメントに、しつこさとプロの工夫の足りなさを感じた次第です。そこで、一つの問題提起をし、あなただったらどうコメントしますか・・?というところで前回は終わっています。
新郎新婦は司会者に<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>ということを強調して欲しいと依頼してきました。
それではこのコメントを何回も繰り返すことで、真に新郎新婦の意図に沿った<強調した>ことになるでしょうか?
でもそれよりも、ケーキのデコレーションをしてくれたのは、友人達あるいは列席者有志の方がたであり、みんなで協力してデコレーションしてくれた事をしっかり伝えて欲しい・・そういったお二人の意図(思い)が強調と言う言葉に集約されていると思うのです。
MC::皆様にはちょっとこのウェディングケーキにご注目頂きましょう。(スクリーンに映し出してもらえれば尚結構)
開宴前、ロビーの受付の横に置かせて頂き、ご友人の方がたを中心に多くの列席者の方にデコレーションして頂いたケーキです。
ごらんのようにプロのパテシェも真っ青の(笑)・・オリジナリティあふれるユニークなケーキに仕上がったようです。
MC::「さぁ、それでは友人達のアツイ思いが込められた<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>にナイフを入れて頂きましょう」
ポイントは作り手の友人達を際立たせ、新郎新婦から<感想と感謝の気持ち>を引き出せば、十分新郎新婦の意図に沿った<強調>になるのではないでしょうか?
ただ、むやみに<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>を何度もそのまま繰り返し言うのだけは避けたいと思いました。
同窓会やクラス会の司会を、やりたくもないのに役回りで任され、ほとほとまいっている・・そんな方の為に、ウラワザを書かせて頂きます。
会の一番最後の締めくくり<誠に有り難うございました>の言葉を、一音キーを上げて強めに言い納めて下さい。
途中いろいろミスがあっても、とにかく最後の最後、心を込めて『有り難うございました』を力強く一音上げてはっきり言えば、拍手を誘えます。
拍手が来なかったら自分から拍手をします。そうすればつられて拍手が必ず来ます。拍手が来ればなんとなく何はともあれまずまず・・といった雰囲気が広がります。列席者も拍手をすることによって心の整理がつきます。
食事も終わりそろそろ閉会の時、またあなたがマイクを握ります。あなたは、始めと終わりのセレモニーの司会だけに全力投球すれば良いわけです。
司会より『以上を持ちまして、3年D組クラス会を閉会致します。皆様のご協力本当に有り難うございました』
ブログ読者から、5月19日にアップした「何度も繰り返されるコメント」に対し、次のような投稿を頂きました。その1部をそのまま引用掲載させて頂きます。
この場合、「ナレーション」「トーク」あるいは「アナウンス」などを使い分けるところではないかと思いますがいかがでしょうか。
お陰さまで、<コメント・ナレーション・トーク・アナウンス・アナウンスメント・・>等の類似した一つ一つの言葉を改めて調べ、その意味や使い分けについて学ぶ機会を得ることができました。
本音を言いますと、ブログを書く上で、<コメント・ナレーション・トーク・アナウンス・アナウンスメント・・>等の似通った言葉は、全くその時その時の私の気分や直感で、なんとなく使い分けておりました。お恥ずかしい限りです。ここは素直に反省です。
出版社によって言葉の解釈に若干のズレがありますが、大まかな大意をつかみ、共通の土俵でこの話を進めていこうと思います。ちなみに今回は、まず手はじめに<集英社 日本語になった外国語辞典>で5つの類似した言葉を調べてみました。
<コメント とは・・〔簑蝓書籍・人物・状態・解釈などに、個人的な判断、意見、論評、批反を述べる事>となっています。
「コメントとは、個人的な論評・批判・・」という解釈を採用した場合、投稿者の言う『披露宴のMCなら、本番ではコメントをいうのはむしろ控えるべきことと考えています。』がまさに正論となり、おっしゃる通りであります。
コメントという言葉の解釈を、三省堂 新明解国語辞典の<補足的な説明>というのを採用すれば、別に披露宴で使ってもかまわないように思えます。
一般社会通念では、<コメント>の言葉の解釈は、三省堂辞書の解釈に近く、個人的な論評や批判という意味合いよりは、補足説明・意見といった意味合いで捉えることが多いように思えるからです。いずれにしても投稿者の「辞書の解釈優先」も、「一般社会通念優先」もどちらも正しいと思います。
ポイントは、それぞれの言葉の意味をしっかり把握し、類似語の言葉の意味やその差異もしっかり理解し知っておくことだと思います。
例えば、「今回は私は一般社会通念を優先致しました・・」と、一言言えば、(あぁ、言葉の意味をしっかり知った上で、あえてそう言ったんだ、さすがだなぁ・・)と大抵は引き下がってくれます。
新人の頃、口腔外科学教授を <こうこう外科学教授>と紹介したところ、側近の方が『こうこう ではなく こうくう です、言い直して下さい・・』と言ってきました。
私はミニの国語辞典を示しながら、辞書には、こうこう と書いてあります・・と言ったところ、『辞書にそう書いてあっても、我々医者の世界では こうくう というのです。言い直して下さい・・。』
ここ数ヶ月の間に、特に気になったのは、数人の司会者が<同じ言葉やコメントを、同じように何度も繰り返す>ことです。
より良い司会を模索していこうという立場で、私だったら、僕だったらどうコメントするかを、こういった事例を元にしっかり考える事は、司会の力を付けるためにもとても大切な事と思います。そういった意味でもう少し具体的に書き進めてみます。
例えば、披露宴前の空いた時間に、友人有志達にあらかじめデコレーションペンやチョコペンを使ってウェデイングケーキに文字や模様やイラストを描いて飾り付けをしておいてもらいます。
ケーキは先程、友人達の手でデコレーションされたオリジナルケーキです。まぁ言ってみれば<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>です。
「こちらは世界で一つだけのお二人のオリジナルウェデイングケーキです」という司会コメントが入りました。
新郎新婦がキャプテンから、ナイフの入れ方やカメラ目線等の説明を受けている間に、また司会から、「もう間もなく、お二人には世界で一つだけのオリジナルウェデイングケーキにナイフを入れて頂きます」という同じようなコメントが入ってきます。
またまた「さぁ、お待たせ致しました。いよいよ世界で一つだけのオリジナルウェデイングケーキに、二人で仲良く入刀です」とコメントが入ってきました。
「世界で一つだけのオリジナルウェデイングケーキにナイフを入れて頂きました。今一度お二人に拍手をお送り下さい。」と司会コメント。
司会者からまたまた「世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ入刀のお二人に今一度大きな拍手をおよせ下さい」・・・
おそらく新郎新婦から、『司会者さん、友人達がデコレーションして下さるので、<世界で一つだけのオリジナルウェディングケーキ>だという事をしっかり強調して下さいね・・』という依頼を受けていたと思います。それにしてもプロ司会としたら芸がなさ過ぎです。
ここはプロ司会者として、新郎新婦の意図をキャッチし、どう強調するかの作戦も必要です。あなたならいったいどんな作戦を立てますか?
何事も長い間仕事を続けていると<慣れ>が出てきます。それはそれで<ベテランの味>と、すればなんの問題は無いのですが・・。
22年の結婚披露宴の司会歴、最近クレームもなく、お客様からもホテル側からも、程ほどのお褒めの言葉を頂いてばかりいると、いつのまにか、自分が偉くなったような気がしてしまうことがあります。恥ずかしながらそんな自分に気が付く時があるのです。
先日、たまたま聞いていたラジオの男性アナウンサーの、話す内容といい、笑い方といい実に品位に欠け横柄に聞こえ、私はラジオに向って(いったいあなたは何様なんだ・・)と思わずつぶやいてしまいました。
人のふり見て我がふりなおせ・・ではありませんが、目の前のすべての現象は、自身の心の反映と思え・・という言葉に忠実になれる時、ひとり歩きしている自分が見えてくるのかもしれません。
 銑までのキーワードの解釈の仕方は、司会者レベルによって、また個々の感性によって違い、人それぞれでありましょう。が、
ただ一つ、どんな司会者にも共有できる点は、司会者として売れない時、落ち込んだ時、迷う時・・にきっと役に立つ<センス>に思えてなりません。
先日の披露宴は、どちらかというと、ハイ ソサエティー(上流階級・上流社会・上流社交界・・)のお客様中心の披露宴でした。
2百名以上の多人数にもかかわらず、みなマナーを熟知しており、又マナーを守る事のできるスマートで素晴らしいお客様ばかりでありました。
日本を代表する東京サロニスティーのメンバーの生演奏です。ピアノ・バイオリン・ビオラ・チェロ・・クラッシックはもちろんのこと、昔なつかしのメロディやビートルズのナンバーも数曲あったように思います。私も思わず聞きほれて、情緒豊かな気分に浸ることができました。(やっぱりいいなぁ)と改めてピアノ4重奏に感動を覚えました。
楽しい披露宴もお開きとなり、司会の私は、演奏者の元へ歩み寄ります。リーダーのS氏に、(Sさん、やっぱりいいですね、弦楽3重・・)と言いかけたその時、
『ああいう紹介はしてはだめなんだよ、弦楽3重奏そしてピアノじゃないんだよ!<ピアノ4重奏>なんだよ!』
宴の途中2度程、そしてお開き後、東京サロニスティーを紹介しましたが、どれもみな<弦楽3重奏そしてピアノの生演奏>と紹介してしまっていたのです。
<バンド名・編成名・各楽器名・活躍している主なホテル、活動歴、得意な分野>等をお伺いし、何をどのように紹介して欲しいかを、必ず事前打ち合わせをしたものです。
だからこそ慢心せずに、常に原点に立ち戻って仕事に取り組む必要があるのだと、改めて痛感した次第であります。
より良いプロの披露宴司会者が増えれば増えるほど、司会者の地位は向上し、ギャラも上がり仕事も増えていきます。
あまりうまくないプロの司会者が主流を占めれば、(プロ司会を頼んでも、紋切り型の同じような事しか言わないし、どうということもない・・)というイメージが市場に定着し、ギャラも上がらず、地位も向上せず、結局は自分で自分の首を絞めることになります。
専門性の高いプロ司会者ばかりで、どの司会者も実に高度の資質と技術を持っている・・というイメージが市場に定着すれば、司会者を見る目もかわり、お客さんも司会料として高額を払うことは当然!と思うようになっていくと思うのです
披露宴での司会コメントを吟味するツールをご紹介致します。私の場合はこれで随分楽しみながら、自身のコメント内容を変えていっています。
1.の類語国語辞典で、披露宴でよく使う<輝き>を引いてみますと、輝きに関する類語が39個載っています。その中から司会コメントに使えそうなものをピックアップします。
*春4月、お二人の待ちに待った<輝き>の時を迎えまして、只今より春野秋野御両家の結婚披露宴を開宴させて頂きます。
*春4月、お二人の待ちに待ったトキメキの時、<キラメキ>の時を迎えまして、只今より春野秋野御両家の結婚披露宴を開宴させて頂きます。
トキメキの時、キラメキの時、その時の時・・なんて韻を踏んだりすると、また違う楽しみも生まれ、聞き触りも味が出てくるように思います。私はこの類語辞典を10年使っています。とても強い味方です。
結局は時間がなくて、皇室の引き出物の一つにも使われている<金平糖>が添えられています・・と、以前何かで調べた時のコメントのみになりましたが、今回調べた内容はまたいずれ役立つ時がくると思います。
3.の外国語辞典は、暇な時ぱらぱらとめくって披露宴に使えそうな言葉をピックアップします。この間は<ハンドメイド>という語を見つけましたので、さっそく友人の披露パーティーオープニングで、『お二人の手作り、ハンドメイドのウェディングパーティーを開宴致します・・』と言ってみました。
「お二人の手作りのウェディングパーティーを開宴致します」より、ちょっとだけカッコいいように自分では思うのですが。
4.のことわざ辞典も暇な時ぱらぱらやっておきます。披露宴で理屈でながなが説明するより、ことわざ一つで事済むこともあります。
5.BMCAアライアンスからのEメールには、毎回毎回勉強させられます。先日の内容を一部そのまま添付させて頂きます。説得力にあふれ、遊び心のセンスもきらりと光ります。
ブーケトスというのがありますね、事の興りは100年ほど前にアメリカで始まりました。当日新婦の身の回りのお手伝いをしてくれたブライズメイドの皆さんにお礼として、ブーケをプレゼントしたのが始まりです。
ブーケトスに対して男性はガータートスをします(欧米では一般的)でも日本ではいやらしく見えて敬遠されています。これに代って、コイントスや菓子撒きトスなんていうのもありますが、先日担当した新郎さんはブロッコリートスをしました。
これはブーケトスに対する遊び心で行うものですが、ブロッコリーがブーケのなかでもラウンドというデザインのブーケに形が非常に似ています。
ブロッコリーをほうり投げると手から離れて上空に向かい減速を始めます。そして放物線の頂上で静止して今度は落下を始めます。
物理学的な計算では、加速度と重力が加わりブロッコリーは加速を始めます。そして放り投げた時の速度と同じ速さと重さで拾う人に直撃するわけです。
新郎友人達若者へ「新郎から、幸せと、そして独身男性諸君に不足しがちなビタミンCをプレゼントしますよー!」なんて感じで進めると楽しいかも知れません。
その日の朝、会場に向う途中で私はマヨネーズを買いました。ブロッコリーをゲットした幸運な男性に「キューピットも現われましたよ」と、私からキューピーマヨネーズをプレゼントしました。
でも本当に、少しでもいい司会者になってほしいのです。誠実でなかなかいいコメントをするなぁ・・と思われるような司会者になってほしいのです。
3日ほど前、新郎新婦並びに御両家のご両親様、司会の私、そしてプランナーの合計8人もの大勢で婚礼打ち合わせを致しました。
「先日新郎新婦お二人との打ち合わせでは、<迎賓は無し>ということでしたが、親御様も宜しいですね・・?」とちょっと早口で尋ねました。
皆が黙って頷き、プランナーが次に進もうとした瞬間、新郎の父が少し恥ずかしそうにプランナーに尋ねました。
私達が普段当たり前のように使っている<婚礼用語>が多用される打ち合わせは、お年を召された方や全く披露宴に縁がなかった方々にとっては、雲をつかむよう話のようです。
ちなみに迎賓とは、披露宴会場の前に、金屏風やジョーゼットを用意し、その前に新郎新婦ならびに親御様が整列し、ゲスト(列席者)をお迎えすることを言います。
{迎賓送賓、ファーストバイト、前撮り中撮り、送賓ギフト、サプライズ、即退、子束、エンドロール、フェアリーイルージョン・・}
若いカップル達は、ゼクシィや結婚ピア等の結婚情報誌によって、婚礼用語の理解度は高く、心配は少ないのですが、ことご年配の方々には上記の用語は分りづらいようです。当然丁寧にゆっくりと分りやすく説明しながら打ち合わせを進めていかなければなりません。
まぁこんなのは全く当たり前の話ですが、それでも私は、この当たり前のことを当たり前にできない時が多くありました。ついつい、相手も分っているだろうとたかを括って、自分のペースで打ち合わせをしてしまうのです。あぁ反省反省・・
自分にとっての当たり前をみんなの当たり前と錯覚して事を進めますと、必ず波風が起こってきます。誰にとっての当たり前か・・をしっかり自覚しておかなければなりません。
このことに関しては以前ブログにアップしていますので、興味のある方はこちらもごらん頂ければ・・と思います。
・打ち合わせ時、時折り意識的に(ちゃんとついてきてくれているかな・・? )と全体の空気を把握する(電話やメールでの打ち合わせではなく、実際に顔を合わせての対面打ち合わせですので、相手の表情の変化は注意すれば十分キャッチできると思います)。
小さな事かも知れませんが、私もこの機会にもう一度<婚礼用語>を洗い直し、短くはっきり、絵に描いたように、誰にでも分るように説明できるようしておきたいと思います。
触れたくないもの(紹介したくないもの)を除外して、こんな感じでもできますよ・・と実際の司会例をやって見せ、簡単に紹介のイメージをつかんでもらいます。そうするとたいてい「それならやって下さい・・」と言ってきます。
当日披露宴でのMCで『お二人の紹介はこのあとの上司ご友人の方々にお任せ致しまして、式の報告並びにお二人の家庭像(あるいはモットーや好きな言葉)のみご紹介させて頂きます』くらいでさらりと進行していきます。
両親や兄弟が同席している時は、状況次第ではさりげなく、新郎新婦だけ、事情が許せば別席へ招いて取材します。
無理な場合は一言(この場で取材しても宜しいですか・・)とお伺いを立ててから進めるか、後日電話等での取材に切り替える時もあります。
新郎新婦と私だけになった時、この時私は心を割って話し、2人の苦労話や不平不満も聞いて差し上げ、一種の<ガス抜き>のお手伝いをします。
新郎新婦に、<二人の紹介>の必要性についてご理解頂くには、10年前までは媒酌人が式の報告と2人の紹介をやってきたこと、最近でも司会者が式の報告並びにお二人の紹介をやっていることを伝え、列席者の多くがそれを望んでいることを話します。
披露宴が終わって、さて今日の新郎新婦はいったいどんな人だったんだろう・・なんていう<主役不在の披露宴>にならないよう、形はどうあれ、やはり二人の紹介は不可欠のようです。
『いつも拝見させて頂いております!司会と言う仕事を通じて、人間性も磨いていらっしゃる姿勢に学ばせて頂くことばかりです!
私はまだまだ経験が浅く、アクシデントのフォローコメントがなかなかうまく表現できません・・おめでたい席なので忌み言葉に繋がるような発言は控えたいのですが、今度祝辞を頂く主賓の方が急遽欠席になり、挨拶そのものがキャンセルになってしまいました。
しかし式次第には印刷がすでにされている・・そんな時、やむを得ないご事情のためご欠席となり・・と申し上げる以外に何か良いコメントがないか悩んでいます。
オープニングの緊張感の高まる中、慣れないコメントにますます動揺して、何度も何度も背中に汗をかいたものです。今だって同じようなものです。
(ベテランのくせに、未だアタフタあたふたと・・みっともない)と、もう一人の自分の声が聞こえてきますが、それでも(そういう小さい自分だが、大事なコメントだけは堂々としっかりやるのだ!)と開き直ってマイクを握ります。
基本定型コメントは、おっしゃる通り、<やむを得ないご事情のため、欠席となり・・>でいいと思います。私もこれがベースです。
状況がもう少し読める時は、若干その時その時のお思い付きでアレンジしていきます。基本はやはりシンプルにさりげなくでいいと思います。
ただ、やむを得ない事情とは一体なんだろう?と不安がる方が大勢いることがあらかじめ分れば、もう少し具体的に、
『どうしても外せない会議のため出席叶わず・・、ここに○○社長よりメッセージをお預かりしておりますので代読させて頂きます』
また急病等で急きょ欠席の場合は、あまり列席者に心配をかけないよう、体調に関してはうそも方便で、例えば・・
『尚、先程秘書の方よりのご連絡によりますと、○○先生は数日前より体調を崩され、昨日診察を受けましたところ、徐々に快方に向っているとの事、ただご高齢でもあるので大事を取って、本日の出席は叶いませんでした。○○先生からは皆様にくれぐれも宜しく・・との事でございます。
ここに改めて皆様にご報告させて頂き、先生の少しでも早い現役復帰を祈りつつ、式次第を次へと進ませて頂きます』
あくまで私仲澤はそう思う、そう思っている・・ということで、もっともっと素晴らしいアイディアは他の司会者が沢山お持ちになっていると思います。
どうぞ沢山の司会者の方々と意見交換なさること、またあこがれの司会者を見学し、相談してみる事をぜひお薦め致します。
以上のことや司会に関することを、かなり高いレベルで真剣に学び、そして情報交換しているところが全国の司会者が参加しているグループ<BMCA>という司会者のための会です。
先日もそのBMCAアライアンスに参加させて頂きましたが、実に充実した質の高い素晴らしい会でありました。文末にホームページのアドレスを載せておきますので良かったら覗いてみてください。
早起きをし、朝日を身体中に浴びながらゆっくりと深呼吸そして大きく大きく背伸びを致しました。束縛から解き放たれ自由になった瞬間です。
朝3時起床、配達部数約150部、配達時間1時間半から2時間、朝がとても苦手な私にはかなりハードルの高い挑戦でした。
慣れないバイクで何度も転び、犬に吠えられ噛まれそうになり、凍てつく道路でブレーキを掛けすぎ転倒し、あと数10センチで車と衝突しそうな事もありました。
雨の日、泥道にバランスを失いバイクは横転、前のかごの新聞が全部放り出され、あわや・・と思いましたが、幸い畑の生い茂る草の上だったので、新聞は全く汚れず難を逃れた事もありました。
いつもいつも前日の夜、(あぁ、明日も朝3時に起きなければならないのか・・)と思うと心は深く沈み、芋焼酎のお湯割を濃い目に作って一気に飲干し寝ようとした事もありました。
体調管理には十分気を配ってきましたが、さすがにこの3月風邪を引いてしまい、咳が長引き、ほとほとまいりました。それでも寝込むほどではなかったのでどうにか乗り越える事ができました。
なんと言ってもウェイターの仕事や司会の仕事で夜遅くに帰った日の翌日の配達は、全く辛いものがありました。体調不良でふらふらしながら配った事もありました。
それでもお正月元旦には新聞受けに「寒い中いつも配達ご苦労様、風邪など引かないよう頑張って下さい」という張り紙に大いに励まされ、バレンタインにはチョコレートを頂いたり・・嬉しいこともチョコッとはありました。
あまり科学的ではありませんが、誰かに・・何かに・・確かに守られているような気がしてなりませんでした。
プロの新聞配達員の方々には全く子供のたわごとに聞こえるかも知れませんが、私は昨日(1年間良く頑張りました)と自分自身を褒めてやりました。
一つの試練を乗り越えた達成感は何事にも変えられない充実感を生み出し、さらなる明日へのエネルギーをも生み出してくれるのではないでしょうか?
ラストの余興が終わると、静かに照明が絞られ、会場全体が薄暗くなりました。それと同時に何か叙情的なメロディが流れてきます。
次第にその音楽のボリュームが大きくなってくる頃に、新郎新婦はメインテーブル前から、約10メートルほど先に並んで立っている両親のもとへと歩き始めます。
「それではここで新郎新婦より、今日までお育て頂きました感謝の気持ちを込めて花束をご両親様に贈らせて頂きます・・新郎から新婦お母様に、新婦から新郎お母様にどうぞ花束をお渡し下さい。」というコメントがまず入りますが、そこには司会者からのコメントは一切ありませんでした。
いつもあるはずのコメントがないとなると、ほぼ自動的に、新郎新婦の表情や歩く姿・・、またご両親の表情やそのたたずまいに・・と<より細部へ>と目がいくようになるのではないでしょうか?
(あん時あんな事があったなぁ・・あいつ何も言わなかったけどやっぱりおふくろさんに似ている人を選んだんだなぁ・・やつも本当に苦労したよなぁ、でもこんなにいい奥さんと出会えたんだから、きっと男冥利に尽きるんだろうな・・ ・・・ ・・・)
思い出が次第に広がろうとしているそんな時、司会者から良くある常套句のコメントが入ってきたとしたら・・、一気に気持ちは醒めてしまいます、現実に戻ってしまいます。
司会のコメントがないと、かえって人それぞれに自由に思いを膨らませ、自由に思い出に浸ることができるわけです。
司会がしゃべらないでいてくれたお陰で、列席者は花束贈呈を本当に自由に、自分なりに味わえた(楽しめた)わけです。
大分前に書いた記事ですが、ウインブルドンのテニスの実況中継のことについて書きました。「しゃべらない勇気」について書きました。良かったらジャンプしてごらん下さいませ、ご参考までに・・。
くつのかかとは踏み潰し、ふんぞり返って椅子に座り、ナイフフォークの使い方はめちゃくちゃ、フルコースなのにほとんどの料理を少しづつ残し、お下げするものはございますか?と聞いても知らん振り、祝辞が始まっても全く聞く耳を持たず、タバコはプカプカ、お酒はがぶがぶ、言葉遣いは乱暴で、私は心の中で、『君は他人を思いやるということを知っているのか?』と叫んでおりました。
いきなりサービス中のウェイターの私に、「撮ってください」とカメラを突き出し、撮り終えてカメラを返そうとしたら、「そこに置いといて下さい」。
いや、おかしい、確かにおかしい。このままでは絶対良くないとと思いました。見過ごしてはいけないと思いました。
2〜3ヶ月に1度くらい、披露宴のマナー講座を開催し、<若者のマナーの向上>をバックアップしていく必要があると強く思い至ったところです。
このまま放っておいては、披露宴に出席している健全なる列席者、良識人達が余りにかわいそうに思えるのです。
PS::この記事のタイトルでは、<若者よ、どこへ行く>と<若者>と一括りにしてしまいましたが、すべての若者をさしてるのではもちろんありません。その披露宴の中で、なかにはきちんとルールを守り、他者を思いやる若者も当然おりました。
今日は150名ほどの披露宴、人数のせいか、私のせいか、常にざわついていました。それはどうしてだと思いますか?
次回こそは、次回こそは!!といつも思い、なかなか思うように行きません。まだまだ経験不足というのもあるのでしょうが、早く一人前になりたい私です。
せめて、オープニングセレモニーとエンディングの花束贈呈や謝辞の時だけでも静かであれば、良しとしましょう。
その時(オープニングもエンディングのセレモニー)も、うるさいとなると、これはもう司会者の責任ではなく、お客様のマナーが低いといえます。どうぞあまり自分を責めないで下さい。
列席者が100名を超えると、人が音を吸収して若干聞こえにくくなるそうです。それをカバーする為には、司会マイクの音量を通常より若干大きめにセットしておきます。つまりマイクテストをする時は、お客さんがいない状況ですので、その時点でちょっと大きすぎるかな・・くらいでセットしておけば、本番の時には丁度良くなります。
3.あなたのコメントはシンプルで分りやすかったですか?100名以上の列席者をリードするのにはコメントがシンプルで分りやすく、ハッキリしていて聞き易いことが必須条件です。
4.時にはレクチャーから離れ、列席者の中に自分をおいて、アナウンスしてみましたか?司会者が移動し、列席者の近くで明確なコメントを入れると場の空気が変化します。それをきっかけに静かになる時もあります。
5.客層の比率は如何ですか?披露宴のマナーをよく知って守ろうとする人が多かったですか?あるいは酒好きでマイペースの方が多かったですか?比率の多い方の雰囲気に全体が染まっていきます。お酒を飲んで騒ぐ人が多ければ多いほど、飲むほどににぎやかになります。
6.新郎新婦と列席者との親密度は如何でしたか?表面的なお付き合いの方が多ければ多いほど、ざわつきます。
7.経験上、会場が広々していて、天井が高いほど、どうしても列席者の気持ちはまとまりにくくなるようです。
1〜4はもちろんのこと、5〜7も司会の責任だという立場を意を決して取った時、意外なブレークスルーがあるかも知れません。まぁそれはベテランのレベルになってから考えてもいいと思います。
ただ、以上はあくまで私の私見で、もっと良い方法や視点が沢山あるはずです。どうぞより多くの先輩達の話を聞いて参考にしてみて下さいね。
じれったくもなりますが亀の歩みで良いのです。基礎をしっかり身に付けて、基礎体力をしっかり自分のものにした人が、ある時期から急激に伸びていくのです。そういう人を私は沢山知っています。頑張ってね!
キャプテンから合図を受けて、その司会者はスライドショースタートのアナウンスをしたものの、スクリーンには何も映らないのだそうです。
列席者の多くが注目し始めた時、再び画面は落ちてしまい、会場からはブーイング・・、その司会者はあせって頭が真っ白になり、何も言えないまま時間だけがすぎていったという体験です。
どうやって乗り越えるかを考える前に、そういうトラブルが起こりにくいようにする為にいったい何ができるのでしょう?
*打ち合わせの時点で、お客様にリハーサルの必要性を説明し、リハーサルの時刻までキッチリ決めておく。(ポイントは時刻をしっかり決めて進行表に書き込んでおくところです。こうすればリハーサルは必須項目となり、余興のお客様もホテル側もその時間に合わせて行動を起こします)
状況によっては、ホテルキャプテンと余興のお客様と一緒に接続その他を確認し、確認しながらこの後どのように展開するかを話し会います。
・「このお時間を利用致しまして、2〜3新郎新婦お二人の事について、改めてご紹介させて頂きます」と言って、冒頭で紹介できなかったことを紹介する
・余興の方にインタビューする(スライドショーの苦心談、できばえ、製作時間や費用、スライドショーの見所やポイント、迷ったことや楽しかったこと他)
「このあとは、さぁ、始まりますよ・・のアナウンスは致しません、静かにさりげなくジェスチャーで皆様にお知らせします・・」
*アクシデントが起こった時の対処法をあらかじめイメージしておく(取って置きの話、テーブルスピーチ、他の余興と順番入れ替え・・他)
その瞬間瞬間、全身全霊で乗り越える経験を積みながら、酸いも甘いも噛み分けて、次第に味のある司会者になっていくのではないでしょうか?
最近、披露宴終了後、列席者から<あなたの司会はとても自然で良かった・・>と、お褒めの言葉を頂くことが増えてきました。ここ数年急に増えてきました。
自然でよかった・・というお客様の声が増えてきたということは、多くの方々が、<いかにもプロっぽいしゃべりや、聞き飽きた紋切り型の司会コメントはもういらない・・>と思い始めたと解釈してもいいと思うのです。
鶴賀氏の言う、プロよりうまいね・・の<プロ>とは、よくあるベテラン司会のあまり良くない司会ぶりをさしています。
2.間(ま)を埋める為に、関係のない不必要なコメントを言い続け、そうやって間を埋められる事に自己陶酔し、それこそがプロだと勘違いしている。
いかにもプロ司会者という特徴の1〜5までを徹底的に排除し、シンプル・イズ・ザ・ベストをベースに普通に自然に司会をする・・これが鶴賀氏の提唱する司会のあり方です。
プロのいやらしさを省いた自然体の司会をした時、お客様は<あんたプロよりうまいね・・>と言ってくれます。その時が一番嬉しいと鶴賀氏は言っているのです。
私は22年の司会経験を通して、以前に比べると大分<自然な司会ぶり>になってきたように思います。でも正直に告白しますと、50歳を超えてやっと披露宴司会が楽しいと思えるようになったのです。
それは、<無理してもしょうがない、自分は自分でしかない、できる事は徹底的にやって、後は運を天に任せよう>という、<健全なあきらめ>から来ているような気がします。
披露宴司会が楽しい時ほど、不思議とお客様から<自然でよかった・・>とお褒めの言葉を頂くような気が致します。
「H先輩の締めの挨拶、良かったです。特に<また2年後、今日と同じ顔ぶれで、同じように皆さんとお会いしたいと思います>といったところが、なぜか妙に味わい深く感じられました」
H先輩曰く「お前だけだよ、そう言ってほめてくれるのは(笑い)、イヤーそういうことを言う年代になってきたんだね、同級生でももう何人も見送ってきたし・・若い頃だったら今日の仲間と、またいつでも会えると思っていたけど、今となると、又今日と同じようにみんなで会えるかなぁ・・とふと思ってしまうんだよ。そういう年代に我々はなってきてしまったんだよなぁ。いつものように同じようにみんなと会える・・というあたりまえのことが、実はとても幸せなことに思えるんだ。
何もないこと・・何も変化がないこと・・変わらないことが、かえって有り難い事、幸せなことと思うんだ・・」
H氏は昨年お母さんを亡くされ、その直前には奥様側のご不幸もありました。数年前にはお父様も亡くされされ、まさに生きることと死ぬ事の両方を短期間に経験し、別れの辛さや悲しさを乗り越えてきた方です。
彼の様々な思い、とりわけ生と死の様々な思いのごく1部がその言葉に託されました。ことばにならない部分は、親御様や同級生との別れの、無常観ではないでしょうか?
一つの言葉を支えている(言葉にならない氷山の)部分には、なんと沢山の、その人の思いが隠されていることでしょう!
人として、司会者として、言葉を支える<氷山の部分>をスッとキャッチできるような豊かな感受性を身に付けたい・・、そんなことを思う1日でありました。
忘年会・新年会・歓送迎会・納会・あるいは結婚披露宴等々の様々な種類の会の、素人さんの司会を生で見ることができるわけです。
素人司会者の中に、時に未熟さを感じ、時にうまさを感じ、おおいに学ばせて頂いているのです。素人さんの未熟さは、逆に司会の力を付けるためのヒントになるのです。ありがたいことです。
こうした推論と実践の繰り返しが、この「司会のウラワザ」のブログを陰から支えています。そう考えますと、ウェイターの仕事に、素人の司会者にお礼を言わなければなりません。
<有り難うございます。お陰さまでより良い司会を考えさせて頂いています。お陰さまでより良い人生を歩むヒントを頂いています。心から有り難うございます!>
その司会者はちょっと偉そうで、開会冒頭から講演会内容とはあまり関係ない個人的な思いを語り、講演会の聴講の仕方まで指導的な口調で言ってくるのです。
その司会者は、上から見下ろすような感じの言い方で、まるで「先生」です。司会者が先生で、私達( 聴講生)が生徒・・という構図(イメージ)です。
おそらく何か司会者として言わなければ・・との思いで、急いで用意してきたにちがいありません。何か気の聞いたことを言ってやろう・・という意図だけが伝わってくるのです。
「あなた方の今までの常識を一旦捨てて、今日は心を真っ白にして聞いて下さい。そうすれば必ず気付きや発見があると思います」と言われました。まるで指導です。
『私はいつも右の耳から左の耳へと聞き流してしまうタイプですので、今日は心を真っ白にしてしっかりと聞きたいと思います・・』というような自身の心構えを披露する位にとどめるのであれば少しは我慢できます。
やはり司会(バラエティ番組やお笑い番組は除いて)は、シンプルに、謙虚に、誠実にする事がもっとも肝要に思えるのです。
イメージとしては列席者同士が交わす会話のリズムやトーン、声のキー、声の大小に合わせて、<あくまで会話の延長線上として司会コメントをしていく・・>と言う感じです。
多くの場合、『新郎新婦の入場です』の「新郎新婦」と言う言葉の発声は、かなりキーが高く大きな声でコメントします。言ってみれば<大げさな言い回し>が多いものです。
キーを高くして喜びいっぱいの表現をする必要もないのです。感情が伴わない声の演出ほど耳障りなものはありません。
あくまで、そこにいるその人やあの人と話すが如く、新郎新婦入場のコメントをし、列席者一人ひとりに話しかけるように2人の紹介をし、実感する事があれば添えていく・・そんな自然体の司会をやってみたいと思います。
レクチャー台にも立たず、列席者と同じテーブルで食事を取り、できればマイクも握らず、要所要所で普通に話しかけるような雰囲気でコメントし、会話の延長線上で場面を展開していき、リードしていきます。
こうやって食事会がスムーズに進行し、閉宴となった時、司会は誰だったっけと言うくらいになれば実験は成功です。
実験が成功したら、司会の本質は、普通にしゃべればいい、声を作る必要はない・・と改めてブログに書きたいと思います。
私は披露宴司会と共に、ホテルウェイターの仕事もやっていますので、現場キャプテンやウェイターウェイトレス、そしてウェディングプランナーの<本音>を直接聞く機会に恵まれています。
『どんでん(披露宴終了後、次の披露宴会場に短時間で作り変えること)の時間がたったの1時間しかないのに、あの司会者は、冒頭からべらべら余計な事ばかりしゃべって、時間の意識が全くない。
おまけに、2件目の披露宴はヴィップが多く、絶対迎賓時間は遅らせられないことも言っておいたのに、最後までマイペース・・、ああいう司会者はうちではいらない・・』
厳しい言葉ですが、仕方ありません。会場側の都合ではありますが、プロ司会者として今後もそのホテル式場に出入りするのですから、真摯に受け止めるしかありません。
新郎新婦2人の紹介の時にはこれも言わなければ、あれも紹介しなければ・・と、ついつい司会コメントのボリュームが多くなりがちです。
・少しでもスムーズにスピーディーに紹介し、それでいて意を尽くした紹介方法はないだろうか・・と必死に探ってみる。そして少しでも余分な時間を削っていきます。
ただし、真に必要な時間は絶対に削りません。お二人から依頼された大切な内容のコメント等、ホテル側から、削って欲しいと言われても絶対削りません。これだけは譲りません。譲らなくていいのです。
『ホテルオークラの列席者には、議員さんやVIPがとても多く、時間に制限のある方々が沢山いらっしゃいます。披露宴が時間通りお開きになるよう、お色直し時間を予定以上に延ばすわけには参りません。
なかにはのんびりしたお客様もいらっしゃいますので、気付かれないように、そして尚且つ時間内に納めるようにと、それはもう大変な神経を使っています。』
私は<プロの意識>を感じました。言葉は悪いですが<意地でも時間を守ってみせる>という迫力と気概を感じました。
*ドンデン時間があまりない場合は、お客様に迷惑がかからない範囲で、少しでも時間短縮できる方向を 探っていく。(かえってこのほうが逆にリズムとメリハリが出ていい結果になる事も多々ありました)
*自身の司会のコメントをシンプルにしていき、少なくとも常套句や、自己陶酔型コメント等を言ってはいないかをもう一度吟味してみる。
昨年はたびたびこのブログ「司会のウラワザ」にご訪問下さり、激励叱咤頂き、誠に有り難うございました。心から感謝申し上げます。有り難うございました。
ずーと初詣は欠かしませんでしたけれど、振り返りますと初詣でお願いばかりして、その願いが叶っても御礼一つせず、さらにまた翌年新たなお願いをしてきたものです。
さすがにこの年になると、お願いばかりして、少しもお礼をしていない事に気付き、知人からの薦めもあって、晦日詣もするようになりました。
「1年間無事に過ごす事ができました。ありがとうございました」と言葉を添えて手を合わせました。これからも続けていきたい習慣です。
そういえば司会の仕事でも、冒頭で『本日の司会進行を仰せつかりました仲澤宏一と申します、どうぞ皆様宜しくお願い致します』と列席者に<お願い>をします。
宴は進んで、お開きの時、『これにて司会もお開きでございます。長時間のご協力誠に有り難うございました』と感謝の気持ちを添えて<お礼>を言います。
初詣のお願いと晦日詣のお礼が一つのセットになっているように、、司会の最初の<お願い>と最後の<お礼>も、時間の経過こそありますが、やはり一つのセットとなって繋(つな)がっているのですね。
長持ち唄入場・ケーキ入刀・ファーストバイト・鏡開き・シャンパンピラミッド・カクテルタワー・キャンドルリレー・ウェイトドール・・etc
次に最近の傾向を勉強しておきます。先輩に聞いたりブライダル情報誌を読んだりして知識として蓄えておきます。
さらに、先輩の司会を見学したり、ブライダルフェアーを積極的に見学して、実際のそれぞれのシーンをあなたの目で見て、実感しておきます。(あぁ、こんな感じなんだ・・、こんな切り口で紹介できるんだ・・、ここはこうするともっと盛り上がるかも・・等々)
「この件に関しましては、今までの前例をもとに、より良い方法をご紹介できるようちょっと調べてからお答えできれば・・と思います、ほんの少しだけお時間を頂けますでしょうか?」
「後ほどプランナーに確認してまいります」等で柔らかめに保留扱いにして、さりげなく次の事項に進んでいきます。
ウラワザとしては、わかっていることや把握している事を優先して書面にしていき、、打ち合わせは順調に推移しているイメージをお客様に持って頂くことだと思います。
わからないことが出てきて、そこで、ああでもない、こうでもないと時間だけが経過していくと、お客様は、静かに(この司会者大丈夫かな・・)と思い始めるのです。
上記の<朗読>の文字を<司会コメント>に置き換えて読み進めると、少々無理もありますが、司会の本質が浮かび上がってきます。
司会者のコメントはあくまでいつもの自分の自然の喋りであり、実感であり、感情と共に語調が変化していく事でしょう。つまりその人の自然体であり、演じていないということです。
司会を演ずるのではなく、あくまで会がスムーズに進行するように・・という到達点のみ肝に銘じてしゃべってみて下さい。
プロ司会の視点に心理学の光を当て、より良い人生を考察していきます。司会の分野にとどまらず、広く人生全般を扱います。テクニックを超えた本当の「生きる力」を身に付ける・・コミュニケーションや心の部分を中心に、生きるコツを探ります。司会歴20年/披露宴司会約2000組以上/ウェイター歴25年/フリーライター/元宮中晩餐会・午餐会・園遊会ウェイター/PHP認定ビジネスコーチ/日本メンタルヘルス協会基礎心理カウンセラーお問い合わせ・ご相談・司会依頼はどうぞこちらから〜お待ちしております。メールフォーム*マイ ホームページ 『コーチング最前線』へようこそ!無料体験コーチングのご案内もしています。あなたのご訪問をお待ちしています。『コーチング最前線』へ

 

戻る

レイクのサイトです。

レイクのサイトです。